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高林 謙三翁(7尺)
 
日高市に生まれ、高林式製茶機械を発明し日本の茶業界発展に大きく貢献した高林謙三(1832~1901年)の銅像を平成25年に市生涯学習センター前に建立した「高林謙三翁を顕彰する会」(石井幸良会長)と日高ロータリークラブ(清水敬一郎会長)は、28年度に行われた生涯学習センターの大規模改修工事の完了に合わせ、施設で活用できるよう防犯カメラや高林謙三にまつわる図書を市へ寄贈した。

 平成25年4月に行われた銅像建立は、地元に生まれた高林翁の偉業を広く知ってもらおうと、日高ロータリークラブ会員や郷土史に関心を寄せる市民により平成19年に発足した顕彰する会が計画し、市内での啓発活動や寄付金を募り、6年がかりで実現に至った。

 建立場所については市と相談を進め、図書館・保険相談センター・教育センターで構成される複合施設・市生涯学習センター入口の市有地の提供を受けた。

 銅像の高さは台座1・1メートル、全身像2・1メートルの計3・2メートル。高林翁の晩年の姿をモデルに、和装姿で右手に杖、左手に帽子を持った立像となっている。台座には高林翁の功績が刻まれ、1万円以上を寄付した人の名前を記した芳名板も設置。像の周囲には茶の木が植えられている。
高林謙三は天保3年(1832年)高麗郡平沢村(現北平沢)に生まれ、国学と医学、さらに西洋医学を学び、文久2年(1862年)に川越藩主・松平大和守の侍医に登用されたが、開港による輸入増に対し地場産業の振興に力を注ごうと、医業で蓄えた私財を投じ、当時、日本からの主な輸出品となっていた緑茶の生産性を高めるため、従来の手揉み製茶法に代わる3種の製茶機械を発明、民間で最初の特許を取得した。最後に完成させた茶葉粗揉機は従来のものに比べて4倍の製茶能力を持ち、味や香りも損なわないという画期的なもので、基本設計は100年以上が過ぎた現在も活用されている。晩年は静岡県へ移り、松下工場の設立や製茶機械の開発に尽力したが、脳溢血で倒れ、明治34年(1901年)に70歳で死去した。

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